もうすぐ3歳になる娘が写真に興味を持つようになりました。私の部屋に置かれたたくさんのアルバムを開いて「これは誰?」と聞いてきます。
以前は納得していた「ママのお友だちだよ」という答えも最近は通用しなくなり「お友だちの誰?」と名前を聞いてくるようになり、そのたびに「〇〇さんだよ」と友人の名前を伝えています。
確か1番最初に娘が見つけた写真は、私が21歳のときに訪れたフィリピンで撮影した写真でした。学生時代から全然変わらないと友人たちによく言われるのですが、17年前の私をすぐに認識し「これママ?」と聞いてきました。
今よりもずっと痩せていてベリーショートで真っ黒に日焼けした写真。外見はだいぶ変わってしまったけれど中身は何も変わっていない気がします。
学生時代の写真を今でも部屋に飾っているのは理由があります。当時の自分の想いを忘れたくないからです。
2003年の夏、私はあるNPO団体主催のワークキャンプに参加しました。ワークキャンプとは海外などで井戸を掘ったり学校建設の手伝いを行ういわゆる海外ボランティアで、私が参加したときは親と一緒に暮らせない子どものための施設に滞在し、施設の石垣を作ったりバスケットコートを作るプログラムを行いました。
参加者はほとんどが大学生。貧困問題とか途上国支援に関心のある人たちの集まりでした。私も途上国支援などに関心がありましたがリスニングもスピーキングも苦手ですぐにその道は諦めていました。
「将来、途上国支援の仕事がしたい」とか「外交官になりたい」と話す参加者の中で、私の参加理由は「人見知りで消極的な自分を変えたい」というもの。
「社会人になるまでに積極的な自分にならなくちゃいけない!」
就職氷河期でやっと決まった就職先だから苦手な営業でも必死に頑張って働かなくてはいけない。そのためにも今の自分を変えなくてはと思いこんでいました。
そんなに頑張らなくてもいいしそのままの自分でいいよ。人見知りで消極的でも営業はできるから。みんながみんな積極的なわけじゃないし、口数少ない営業マンだっているのだよ。
今なら言えることがたくさんあります。でも社会のことなんか何も知らない女子にそんな未来の声が届くはずもなく、働く前から気持ちばかりが先走っていたのです。
キャンプ参加前も「頑張って自分を変える」と意気込んでいました。でも実際にキャンプがスタートするとそんなことはすっかり忘れていました。
ジリジリと照り付けるフィリピンの太陽の下で、同世代の仲間たちとセメントをこねたり石を運んだりして毎日汗をかいてたくさん笑ってたくさん語って。日本ではずっとネガティブだった私が適度に肩の力を抜いて自然体で過ごしていました。
今まで何をあんなに悩んで迷っていたのだろうと思えるほどでした。
ある日のミーティングで、集団行動が苦手でコミュニケーションが得意ではないことをスタッフに話すと「そんな風に見えない」と驚かれたのですが、確かにキャンプ中の私は日本にいたときの自分とは別人でした。
ネガティブな自分も前向きで明るく笑う自分もどちらも「私」で、キャンプのときは環境や仲間のおかげで良い部分が出せていました。
特に一緒に参加したキャンプ仲間は最高のメンバーで、みんなを笑わせてくれたり私が少し疲れていると「ヨーコ、元気?」「大丈夫?」と気にかけてくれるような人たちばかり。それもあってたくさん笑えていました。
キャンプが終わりに近づいた頃、6ヶ月後の自分に宛てて手紙を書くというプログラムがありました。
6ヶ月後は就職1ヶ月前。やっぱりそこにはネガティブな自分が顔を出していましたが、それでも少しだけ未来に対して大丈夫と思えるような言葉が綴られていました。
『元気ですか?今、何をやっていますか?1ヶ月後の就職を不安に思ったりしていませんか?
フィリピンでこの手紙を書いていますが、将来に対する不安はたくさんあります。大好きなアジアからは離れてしまうこと、小さい頃からの夢だった医療にかかわる仕事とは全く異なる世界に入っていくこと・・・。不安で不安で仕方がないけれど会社に入って働くということは、自分にとって大きなステップアップになると今は信じています。
これから待っている困難も人生の財産になるはずです。絶対に途中でくじけないでください。
もうすぐ大学生活=学生生活が終わるけれど、本当にすてきな人たちに出会えたと思います。みんな自分の生き方を決める重要な要素になっています。この出会いを大切に!
「強くなりたい」「人のために人生をかけてみたい」「人の痛みがわかる人間になりたい」こう思えるようになったのは、この出会いのおかげだということを忘れずにね。
ワークキャンプ中の2週間、本当によく笑っていたよ。
今、心から笑っている?心から何かに感動してる?
社会人になっても常に自分に問いかけて生きていてください。そして辛くなったらキャンプ中にいつも自分が笑顔だったことを思い出して下さい。
「今、充実してる?」って聞かれた時に胸を張って「うん」と言えるような生き方をしたいな。
過去ばかりを見ないで、これから歩いていく未来と今自分が立っている現在をしっかり見つめてね。
From Philippines with love』
就職1ヶ月前に届く予定だった手紙は少し遅れて届きました。
ちょうど働き始めて3ヶ月経つ頃で毎日辛くて逃げだしたくなっていた私は、過去の自分からの手紙で号泣してしまいました。
当時のことを思い返してみると、仕事が辛くて悩んでいた私がよく相談していたのが一緒にキャンプに参加した仲間でした。
自分も就職したばかりで大変なはずなのに何時間も電話で話を聞いてくれたI。日本から逃げたくて翌日のフィリピン行きの航空券を突然購入したときに、空港の近くに住んでいるからとすぐに自宅に泊めてくれたY。気持ちを吐き出すために始めたブログにコメントをたくさん書いてくれたN。
そして私が休職したときに「無理して笑わなくていいよ。今はまわりに甘えればいいじゃん。笑えるようになったら、またまわりに返していけばいいんだよ」と言ってくれたO。彼は私の社会福祉士の国家試験前に合格祈願のお守りを送ってくれたりもしました。
ここでは全員のことを書ききれないけれど、何度も何度も仲間に助けてもらってきました。
いつも前向きで笑っているフィリピンでの私だけでなく、ネガティブでどんどん後ろ向きになっている日本の私もみんなは受け入れてくれていました。
無理して変わって強くなろうとしたけれどそんな必要はなくて、自分の弱さも含めてそのまま受け入れることこそが強さなのかもしれません。
あのときのキャンプで私はそれを教えてもらいました。
まだまだ余裕がなくて周りが見えなくなることも多いしマイナスな気持ちに押しつぶされそうになることも多いです。
でも部屋に飾ってある写真を見ると、人の出会いの大切さとか優しさとか強さを教えてくれた大切な人たちのことを思い出します。
娘がもう少し大きくなったら「これはどこで撮ったの?」と聞いてくるかもしれません。
真っ青な空と海。一面に広がる緑。夜になると海の向こうに見える発電所の灯り。夜空に広がる宝石のような星。小高い丘の上にある子どもたちの生活棟。そして私たちがキャンプで築いた石垣。
フィリピンのある島にはそんな美しい風景が広がっていて、優しく穏やかな時間が流れる場所があることをいつか娘に伝えたいと思います。