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【沖で待つ】芥川賞作家からのリプライと本にまつわる思い出

あなたには大切にしたい本はありますか。

先日、好きな本についてツイッターでつぶやいたところ、ある作家さんが反応してくださいました。

それだけでも嬉しいのになんとこのツイートに本人からリプライがあったのです。

 

私が大切にしている小説の思い出。

今回は芥川賞受賞作『沖で待つ』にまつわるエピソードです。

『沖で待つ』

『沖で待つ』は第134回芥川賞受賞作で、絲山秋子さんの短編小説です。

表題作の「沖で待つ」は、住宅設備機器メーカーに就職した女性(及川)と同期のふとっちゃんの、恋愛とも違う男女の関係を描いた作品です。

仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。そう思っていた同期の太っちゃんが死んだ。約束を果たすため、私は太っちゃんの部屋にしのびこむ。仕事を通して結ばれた男女の信頼と友情を描く芥川賞受賞作。

『沖で待つ』あらすじより

物語は私(及川)の目線で語られていて、淡々と話は進んでいきます。

絲山さん自身メーカーで営業経験があるため、とても描写がリアルです。旅費精算や道路地図、クレーム処理の話など、営業経験者にとってはなじみのある言葉がたくさん出てきます。

私の『沖で待つ』にまつわる思い出

この小説と出会ったのは新卒で入社した会社を辞めた数ヶ月後のことです。

私もこの小説の主人公と同じで新卒営業職で、異性の同期がいました。

 

毎日飛び込み営業をしてたくさん頭を下げて、ノルマ達成になかなか届かず苦しくなるたびに電話で励ます毎日。

駐車場に掲げられた「前向きにお願いします」という看板を前に、2人で「前向きにだってよ。やってらんねえよ」と笑い合ったこともあります。

 

そんな私が入社2年目の夏にストレスからひどいうつになり休職しました。

 

不器用な同期Iくんは私を励ますでもなぐさめるでもなく、黙って『水曜どうでしょう』のDVDを貸してくれました。

元気になって会社に戻り本当はDVDの感想を伝えたかったけれど、それもできずに終わりました。

DVDを返したときにどんな表情でどんな言葉を交わしたのか今はもう思い出せません。

優しい言葉とかではなく「水曜どうでしょう」のDVDというセレクトが彼らしくて、今考えれば笑えてきます。

『沖で待つ』を読むたびに小説に登場するふとっちゃんと重なるし、彼の前でたくさん泣いたことを思い出してしまいます。

男女の友情をこえた関係性

私にとってもう1人、大切な同期がいます。第二新卒で入社した会社の同期Wです。

業界でも営業職として働く女性はまだまだ少なかった時代。自分のポジションや立ち位置を見失いそうになり何度も悩みました。

 

「男の人に負けたくない」

 

変なプライドがあって肩に力が入っていたし、私が背伸びしようとするたび同期たちは全部見透かしているかのように声をかけてくるのです。

 

特に同期Wは営業所は違うものの同じ支店に配属になったため、何度も助けられました。

見た目はチャラ男で中身も見た目どおりの遊び人。私の大切な親友に手を出して叱りとばしたこともあったけれど根は優しい男でした。

 

「お前、なんでこの会社に入ったん?」

突然そんな真面目なことを聞いてくるWになんと返答していいかわからず私が困っていると、「俺らに出会うために決まってるやろ」とサラッと関西弁で言いながら他の同期と笑うのです。

 

取引先で相手にされなくて泣いたときもなぐさめてくれたのはWでした。

本当に苦しくて何度も泣いた営業時代。

 

でも私には素敵な同期たちがいて、彼らの前でたくさん泣いて、たくさん弱音をはいて、たくさん甘えることができました。

 

今はただの知人です。

 

あの時は気がつかなかったけれど、あの優しさは「同期」だったからだと本を読んで感じました。

もう彼らの前で泣くことはないだろうしそれはもはや許されないことのように思います。

 

私が変わったわけでも彼らが変わったわけでもなく、ただ関係性が変わっただけ。

 

それが理解できるから哀しさとか寂しさとか、そういった言葉では単純に表現できない感情が本を読み終えてこみ上げてくるのです。

さいごに

営業から離れ9年近くたちます。

本を読むたびに何人かの同期のことを思い出してちょっぴりせつなくなっていたのですが、今回の出来事で気持ちが少し変化しました。

 

「大切にして下さってありがとうございます!」

 

芥川賞受賞作家さんからの言葉で、なんとなく未来を向いて歩いていける気がしたのです。

 

売上とか

締切とか

今期目標とか

前年比とか

ライバル社からとの争いとか

 

そんな場所で一緒に戦っていた彼らは、友人でも恋人でもなく、まぎれもなく「信頼する同期」でした。

 

「もう彼らの前で泣けないさみしさやせつなさも、そしてもちろんたくさん笑った思い出も、これからも大切にしていこう」

ツイッターのやりとりでそんなことを感じたのでした。

では。

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