福祉

【出会い】働く楽しさを教えてくれたあるボッチャ選手の話

あなたにとって人生の分岐点となった出会いはありますか。

私にとって印象的な出会いはたくさんありますが、今回は働く楽しさを教えてくれたある人との出会いについて書いていこうと思います。

その人と出会って、私は自分の仕事が好きになれました。

今回は彼に向けて、私の思いを書いてみようと思います。

桜の季節の少年との出会い

初めてあなたと出会ったのは、まだ私が社会福祉士としての経験年数が浅いときでしたね。

学生服姿が初々しくて、まっすぐキラキラした目で私に挨拶をしてくれたのを覚えています。

当時の私はプライベートでいろいろありすぎて、正直あまり余裕がない時期でした。仕事でも支援方法などで悩んでいました。

福祉の学校に入るまで車いすに触れたことのなかった私が施設で働くことになり、毎日これでいいのかと悩む日々。

それに加えて、不器用でいつも力が入ってしまうので、いつまでたっても車いすを押すのは下手くそでした。あのときの私は肩に力が入っていたと思います。たぶんあなたも薄々感じていたのでは?

だから電動車いすのあなたが施設に入ると聞いたときは、正直ドキドキしていました。

私はとても緊張していて、後であなたも緊張していたと知って、ちょっと嬉しくなりました。

ボッチャ選手として

あなたと出会って、初めて「ボッチャ」というスポーツを知りました。

ボールを自分の意図するところに正確に投げるために頭も身体も使う。奥が深いスポーツだということをあなたが教えてくれたね。

遠征や試合などで国内外のいろんなところに行くたびに、私は嬉しかったし、とても誇らしく思っていました。

「○○さん!」

まっすぐ私を見つめて、いつも私の名字を呼んできたよね。

そんなところも好きだったけれど、ボッチャの話をする姿はもっと好きでした。

楽しそうに、キラキラと輝いていていたよ。

あなたから「パラリンピック」の言葉が出るたびに、いつも嬉しく思っていました。

泣いたあの日のこと

これまでいろいろしんどかったよね。でもちゃんと向き合って、なんとか前に進もうとするのは痛いほど伝わってきました。

私よりもずっと年下だけど、しっかり屋さんのあなた。

私にお母さんの姿を重ねていたことは知っています。そのたびになんて応えたらいいかわからず、私は静かにほほ笑むしかありませんでした。

 

ある時、あなたの涙を見て、私も一緒に泣いてしまったことがあったよね。

みんなの前では絶対泣かないようにしていたのに。理由は本当に些細なことでした。

でもあなたが後から「一緒に泣いてくれて嬉しかった」と伝えてくれて、私は救われました。

社会福祉士としては未熟だけど・・・その言葉嬉しかったです。ありがとう。

お別れの日

私の異動が決まって、あの場所での勤務最終日。

直接お別れが言えなかったので、あのときのことを書きますね。

いつものように誰かがジョークを言って、休み時間になるとアイドルの話で盛り上がって、休憩時間にはソファでのんびりくつろぐあの人たちがいて。

いつもと変わらぬ風景。

私にとってあの場所は「家」でした。

「おかえり」と言ってくれる人たちがいて、「ありがとう」があふれる場所。

正社員もパートさんも関係なく、みんなが一生懸命で、飲み会のたびに「最高のメンバーで最高の職場だよね」って言っていたんだよ。

たぶん、それはみんなにも伝わっていたんじゃないかな。

笑顔で手を振ってみんなにお別れをしました。

みんなを見送った後にいつも通り掃除をして、事務所を出た途端、大泣きしてしまいました。

本当にあの場所が大好きだった・・・

大好きな人たちと大好きな場所で働いたあの時間は、今でも私の宝物です。

働く意味が見いだせなかった20代の頃

あなたと出会うもっと前、私は営業をしていました。

大学を卒業して希望していなかった仕事に就いてしまい、「仕事の意味」とか「働く目的」がわかりませんでした。

先輩たちと飲みに行くたびに、「なんのために働くのかわからない」と泣いていたんです。(今思えば若かったんだよね)

そんな私が心から仕事を楽しいと思えたのは、あの場所であなたやみんなと出会い、一緒に働くことができたからでした。

「障がい」を見るのではなく、その人を信じて、なるべくいろんなことにチャレンジしてもらう。

みんなにとってみたら、無茶ぶりも多かったかもしれません。

でもあなたを含めあの場所で働くみんなは、仕事ができることが楽しそうでした。

私たちが新しい仕事をとってくるたびに、みんな1番最初にやりたがっていたね。

働く意味とか難しいことは抜きに、あの場所では職員・利用者さん関係なく、とにかくたくさん笑って、たくさん話して、働くことを楽しんでいたように思います。

10年以上のベテランパートさんばかりだったのも、そんな理由かもしれません。

私を変えてくれたあなたへ

桜あの時ちゃんとお別れを言えなかったあなたは後から手紙をくれたね。あの手紙のおかげで、私は社会福祉士としてこれからも頑張りたいと思えました。

自分に自信がなくて、ずっと自分のことが嫌いでした。

そんな私にくれた手紙の1文は、私にとって何物にも代えがたい財産になりました。

「〇〇さんは僕の光です。いままでもこれからも僕は本当に幸せです。だってこんなまぶしい力をくれた光は初めてだったので」

夫からもこんなラブレターもらったことないぞ!笑

私はあなたから学んだことの方が多いです。本当に何度も救われてきました。

あの手紙は部署を異動しても毎日手帳に入れていたし、新しいところで非常勤の仕事に就いたときもやっぱり毎日持ち歩いていました。

あの手紙があったから、何があってもまたあの仕事に戻ろうと思えるのです。

「ぼくは何もできなかった」と書いていたけれど、そんなことありません。

あなたの手紙があったから、私はここまでやってこられたんです。

さいごに

今回、この記事を書くにあたり、あなたに連絡をとりました。

近況を聞いたときに「ボッチャ楽しみながら頑張っています!」と答えてくれて、本当に嬉しかったです。

 

何度も失敗したし傷ついたことも多い。でもこんな私でも何かやれることがあるのかなって思えたのはあなたのおかげです。

いつかまた就労支援の仕事に戻れたら幸せだなと思っています。

傷ついて、立ち止まっている誰かに「大丈夫だよ」って声をかけてあげるのが夢です。

そのために少しずつ前に進んでいこうと決めました。

そしてもう1つの夢。

それは東京パラリンピックであなたの活躍を見ることです。

「私を変えてくれた大切な人が、世界の舞台で頑張っているんだよ」と娘に自慢したいのです。

お互いこれからもそれぞれの場で頑張ろうね。

では。